来週水曜日に研究会で報告を予定している「国・福岡東労基署長事件」(労判964-35)について頭を悩ませております。
事案としては、ガソリンスタンドで現業職に従事していた中途入社社員が本人(父親?)の希望どおり、金融部門に配転されたのですが、共済等の新規営業開拓がうまくできない等から、配転2ヶ月未満で精神疾患に罹患、その後2ヶ月後に自殺し、その遺族が国に対して、労災遺族補償年金等の支給を求め提訴されたものです。国側は「同種労働者」から見て、業務による心理的負荷は業務上とするほど高くないと判断し、不支給決定処分としていましたが、福岡地裁がこの判断を覆しました(控訴も棄却され、地裁判断確定(上告せず))。
いわゆる「過労自殺」の労災認定に係る法的紛争については、従来「長時間労働」が問題とされてきました。長時間労働に慢性的に従事してはいるが、精神疾患発症の6ヶ月前までに目立つ「出来事」がない事案について、労基署は「出来事」の心理的負荷が低いことを理由に不支給決定処分としてきたものです。しかし、これについてはT自動車事件控訴審等において、一定の判断が示される(不支給決定処分取消)とともに、判断指針が変更され、運用(出来事とこれに対する修正、出来事後の変化等に長時間労働の実態を加味することにより、評価を上げること可)によって十分に対応が可能となりました。現に近時の審査事案を見ると、審査会レベルで支給決定に転じる例が多数見られます(こちら)。
これに対して、今回検討している事案は、長時間労働はさほど問題とされておらず(ただし所定時間終了後、本人が顧客回りを午後9時頃までしていた可能性はあり、この点地裁は一定程度評価)、焦点となった心理的負荷が、配転と年間目標、そして会社側の支援です。
同地裁は、まず本件被災労働者について、もともと営業職の適性に欠けると断じた上で(この点の判断は、実務担当者から見て相当違和感を覚える気が・・)、本人が同意するものの適性に欠く金融業務に配転させたことが、まず業務上の心理的負荷が相当重いとするものです。また年間目標についても、同社では新人以外は同じ営業目標を掲げており、月額給与にもその達成度合いを連動させていませんが、適性に欠く社員に対する目標としては高すぎるとし、その負荷が極めて高かったとします。最後に会社側の支援について、一定の研修・OJTの実施を認めるものの、適性に欠く社員に対する支援としては不十分であるとし、以上からその業務による心理的負荷が極めて大と結論づけたものです。
心理的負荷が過重か否かを判別するにあたり、「本人」にとって大であれば認めるのか、あるいは「平均的労働者」から見て大であれば認めるのか二つの考え方がありえます。これについて、厚労省は後者を採用しており、本地裁も後者の立場を取り、前者を取らない旨明言しています。
では、この「平均的労働者」をどのように設定するのか。以前からこの点について争われてきましたが、本地裁判決は従来の裁判例に照らし、どのように位置づけられるのか。またその射程は如何なるものか。そして同判断を前提とすることにより、精神疾患の労災認定実務、企業の労務管理にどのような影響があるのか。
ここが報告において、最大のポイントになるのではないかとうっすら考えておるところです。これをまとめるのが大変に一苦労ではありますが、労災法研究そして実務的にも大変、重要な問題と思われるものであり、もう少し突っ込んで勉強してみたいと思います。中間報告まで。
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