2009年4月28日火曜日

(読書)自壊する帝国

佐藤優「自壊する帝国」(新潮社 2006)

  起訴休職外務事務官の佐藤優氏が、ソ連崩壊までの外交官活動・個人的交友等を振り返った一書。タイトルに示すとおり、ソ連がいかにして自壊していったのか、佐藤氏の外交官経歴の流れで述べられており、大変読みやすい。またクレムリンを取り巻く共産党・教会・大学・知識人の視点から、ソ連そしてロシアが描かれている点がとても興味深いところ。

 イデオロギーを組織統合(国家まで含む)の求心力であるとすれば、その求心力が失われゆく中の混乱こそがソ連の自壊であったとの念を強くしました。そのように考えれば、このソ連の自壊と再生の物語は、他国・他組織においても貴重な示唆を与えてくれるやもしれません。

 同書を契機に、ソ連崩壊とロシアが至ったここ数10年の歴史を改めて勉強したいと思う次第。

2009年4月24日金曜日

改正労基法における「代償休日」の謎

 先日、改正労基法の政省令要綱案が取りまとめられました(こちら)。残るは施行通達の策定です。同通達は、おそらくは5月~6月中には策定・公表され、今回の法改正に係る第一次資料はほぼ出そろうことになります。

 以前、本コラムにおいて代償休日についてコメントをいたしましたが(こちら)、審議会資料を見ておりますと、同制度はいよいよ混沌としてきた感があります。

 厚労省は審議会(09.3.27)における説明資料として、「代償休日の取得と割増賃金の支払い日」を配布しています(こちら)。これを見ると、代償休日に係る労使協定を締結している事業場において、賃金締切日に月間60時間を超過した残業が生じていた場合、社員に対して「代償休日を取得する意思があるか否か」早期に確認することとしています。その上で意思がある場合は翌月から2か月以内に取得させる一方、取得意思がない場合は5割増の割増賃金を支払うこととしています。

 同資料の図は理解できますが、企業実務において、このようなことが果たして可能なのでしょうか。素朴に疑問を感じるところです。例えば、以下A君のつぶやきをどう考えるべきでしょうか(大多数を占める声と個人的には考えておりますが)。

A君 この3か月は大規模なプロジェクトに参加しており、とても忙しい。今月は残業が60時間を超えており、人事から10日以内に(20日締め、当月末日払)に代償休日なるものを取得するのか、残業代を取るのか選択してほしいとの問い合わせが来ている。できれば休みを取りたいが、忙しいので、翌月・翌々月にそのような休日を取れるのか否かはっきりしない。どうすればいいのか。

 年休取得すら半分を切っている現状を見ると、社員本人の取得意思に重きを置く制度設計では、いよいよ活用が少なくなるものと思われます。むしろ同休日をどうしてもやるとするならば、会社側が健康配慮の観点からイニシアチブを取って、取得候補日を示し、本人同意の上で取得させる仕組みの方が、円滑に活用されるのではないでしょうか。施行通達の内容に期待したいところです。  

2009年4月21日火曜日

データブック国際労働比較2009について

 先日、JILから毎年恒例の「データブック国際労働比較2009」(こちら)が出版されました。早速買い求め、たまにぱらぱらめくって眺めているのですが、実に面白いです。

 同書は「我が国および諸外国の労働面の実態について分かりやすく理解できるように、労働に関する各種指標のなかから代表的なものを精選し、グラフや解説を盛り込むなど、労働統計の国際比較資料として編集作成」(同書はしがきから)したものです。
 
 ぱらぱら眺めていまして、改めて衝撃を受けたのが「生産年齢人口(15歳~64歳人口)」でした。少子高齢化と普段から口にはするものの、同書p62の諸外国との比較を見ると、愕然とさせられます。2050年までの予測数値で見ると、他の主要諸外国は激増(インド・ブラジル等)、増(米・加・英等)とともに減(独・仏・伊・中等)の国があるものの、日本の8489万(2005)から5233万(2050)に大幅減少に比べると、その割合は大きくありません。わずかながらの例外といえるのが、露(10200万⇒6593万)、韓国(3400万⇒2300万)ですが、その減少幅はなお日本の方が大きいものです。

 これに対して、救い(?)となる指標も同書は入念にも示しています。p70に労働力人口の国際比較が掲載されていますが、これを見ると、労働力人口の下に65歳以上の労働者数が付記されています。我が国における65歳以上労働者数が国際比較において群を抜いていることに驚かされます。

 この指標から、近年、高齢者雇用施策に大きく軸足を移しつつある労動政策の背景が少し垣間見れる気がした次第です。その他にも労働争議件数・日数の日仏比較など、考えさせられる題材が数多く盛り込まれている一書といえ、お勧めします。

追伸
 JILがHPで同比較データを公開しています(こちら)。ご参考までに。

2009年4月16日木曜日

改正育児介護休業法案の国会提出について

 昨年末、審議会から建議が出されていた「改正育児介護休業法案」ですが、昨日(4月15日)、法律案要綱が審議会に示され、同日「おおむね妥当」との答申が出されました(時事通信)。改正内容については、おおむね同報告書建議を法律要綱に取りまとめたものです(報告書の概略はこちら)。

 法律案要綱において新たに明らかにされた点としては、改正項目に対する中小企業への適用猶予があります。従業員100人以下の事業主等については、今回新たに新設される所定労働時間の短縮、所定外労働の免除、介護休暇等は当面、適用しないこととされるようです。

 厚労省・内閣が急きょ国会に育児介護休業法案の提出に踏み切った背景には、衆院解散が遠のいたとの情勢判断があるように思われます。同法案については、昨日の審議会において見られたとおり、労使双方に先鋭な対立がなく(もちろん不満は残る面は双方にあろうかと思いますが)、国会においても与党・野党間の激しい対立はさして生じないところと予想されます。すでに提出済みの改正派遣法案の前に、同法案を審議入りするのであれば、本国会での成立の成算は高いと思われるところです。

 同法案が成立した場合、施行は来年度(4月1日?)を予定しています。同改正法への対応準備も相当程度、必要になるものと思われます。

2009年4月10日金曜日

平成21年度労働行政運営方針と管理監督者問題

 先日、厚労省HPに平成21年度労働行政運営方針がUPされました。同方針は、その年度の労働行政を運営するにあたっての重点施策が示されているものです。これをみれば、平成21年度に労働基準監督署その他労働行政が何を重点事項とし、定期監督を初めとした行政活動を展開しようとしているのか自ずから明らかとなります。
 詳細については、5月19日に労働法学研究会例会で講演する予定としております(こちら)。ご関心ある方はぜひお申し込み頂ければ幸いです。本ブログでは、本年度行政運営方針の中で大変、興味深い一節のみをご紹介いたします。

労動基準行政の重点施策の中に次の記載がありました(p23参照)。

「さらに、多店舗展開する小売業、飲食業等の比較的小規模の店舗における管理監督者の範囲については、その適正化を積極的に推進する。」

 過重労働に対する監督指導の強化はここ数年来、継続して取り上げられている重点施策ですが、その中に、上記記載が新たに追加されたものです。

 チェーン展開している小売・飲食業界全体の傾向として、店舗店長その他社員を労基法上の管理監督者として取り扱う例が多く見られたものですが、本年度、労働基準行政は昨年示された通達に基づいた監督指導を「積極的に推進」することを明らかにしました。昨今の雇用不安の影響からか、同問題に対するマスコミ等での報道は下火になりつつありました。しかし労働基準行政は少なくとも通達に基づく監督指導を強化していく方向であることは、十分に注意すべきと思われます。早め早めの対応が肝要です。

<筆者HPはこちら。ぜひお立ち寄りください。>

2009年4月7日火曜日

パワハラ等に係る労災判断指針変更について

 昨日(平成21年4月6日)、厚労省HPに「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」がUPされていました。いわゆる職場内パワハラ等による精神疾患に係る労災の業務上外判断指針を変更したものです(こちら)。
 以前のブログに研究会段階での変更の経緯とそのポイントをまとめております。まずはこちらをご覧いただければ幸いです。

 今回の改正のポイントは 「ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」を出来事に追加の上、(強度3)とした点ですが、これを「上司とのトラブル」「部下とのトラブル」(強度2)、「同僚とのトラブル」(強度1)とどのように判別するのか。事案によってはその判断に争いが生じることが予想されるところです。

 今回の改正の基になった有識者研究会報告書の該当部分には次のような記述があります(こちら p7)。「その内容・程度が業務指導の範囲を逸脱し、人格や人間性を否定するような言動が認められる場合には、ひどい嫌がらせ、いじめ等に該当する」。

 先日ブログで紹介した裁判例における上司の言動は、まさにこれに当たるということでしょうか。少なくとも、同判断指針変更に伴い、改めてマネージャー層については、部下の指導にあたり「人格・人間性否定と取られるような言動」は断じて認められない旨、社内教育・周知を徹底する要があるやもしれません。

付記ーパワハラ言動の記録化についてー
 昨日のNHKニュースを見ておりましたら、パワハラ労災認定の見直しが大きく報じられていました。その中で印象的であったのが、パワハラ被害を主張する社員所有の携帯電話に録音されていた営業所員の生々しいパワハラ言動でした。おそらくは同所員は録音されることなど想像だにせず同発言を行ったのでしょうが、今日では携帯電話、固定電話はもとより、胸ポケットに入れたICレコーダー等で記録化することは容易です。
 上司等が部下に対して不適切な言動を行わないことはもちろんですが、記録化されている可能性があることも念頭に入れながら、業務指導を行わなければならない時代が到来していることが痛感させられました。特にこの問題は本社以上に、多店舗展開する店舗・営業所のマネージャー等のマネージメントが懸念されるところです。チェーン展開している会社において、直営店舗等で勤務する契約社員・パート・派遣等に対して、店舗店長等が不適切な言動を行った場合、即、会社の法的リスクが顕在化することになります。その被害の記録化も大変容易であることから、従来以上に現場レベルでの社内教育・周知の徹底が求められるところと思われます。

2009年4月2日木曜日

価値が見えにくいものー職業訓練ー

 昨日、季労編集部と諏訪康雄先生の研究室にお邪魔し、職業訓練の問題についてご指導を頂きました。以下、その折に感じた個人的雑感です。

 「職業訓練」と聞くと、山田洋次監督の「学校Ⅲ」で取り上げられたような職業訓練校のボイラー技師職業訓練などを連想しがちです。同専門職の養成も大変重要ですが、日本において最も職業訓練として一般的であり、かつ汎用性が高いのは、正社員として採用されてからのOJT、OFFJTではないでしょうか。自らを振り返っても、仕事をしながら、あるいは仕事継続中に社外で様々な経験・研修を積むことにより、職業能力が次第に高められていった感があります。

 今まではそれが「当たり前」であり、会社も社員もそれぞれ特に意識することなく、これら職業訓練が社内において継続的になされてきたものと思われます。しかし、いわゆる非正規雇用と言われる、有期、派遣あるいは請負社員についてはどうでしょうか。有期社員については、契約範囲内の限られた業務については教育訓練を行うことはあれ、正社員のように幅広い訓練・研修は行われていないのではないでしょうか。また派遣・請負社員については、なおのことユーザー側が積極的に同人らの職業訓練に乗り出すことはありません(請負会社がユーザー企業と協力して、組織的に職業訓練等を行う動きはあるようです)。

 これら職業訓練が正社員層に比べ十分でない非正規社員層が失業した場合、再就職が非常に難しくなります。その問題が派遣村問題等を通じて、社会的に共有化された結果、当面の緊急対策として、雇用保険給付、適用範囲の拡大などが矢継ぎ早に講じられていますが、残念ながら対症療法に過ぎないところがあります。なかなか価値そして効果が見えにくいものではありますが、職業訓練、特に企業内でのOJT、OFFJTを、正社員はもちろん、非正社員、そして更に社外の方(特に若年・青年層)に提供することこそが、本道の対策のように思います。

 最近、ウィルスミス主演の「幸せのちから」という映画を見る機会がありましたが、あの映画で描かれていたインターンシップに、受け入れ企業・公的支援による一定の生活保障を組み合わせて機会提供することなど、職業訓練として大変、有意義ではないかと感じました(あの映画のインターンシップは厳しすぎる気もいたしますが)。

 問題は職業訓練に要する費用の負担です。職業訓練それから当面の生活保障など、費用を積算していくと膨大な予算が必要となります。これを誰がどのように負担するのか(→国がどの程度、負担するのかしないのか)。このような論点が、来るべき解散後の総選挙で争われるべきと思うところです。見えにくいものではあるが、大変価値が高い「職業訓練」。この問題に今後、社会的関心が高まっていくことに期待しています。
 

2009年4月1日水曜日

改正雇用保険法施行に伴う実務対応②

 改正雇用保険法が施行されました。厚労省も動きが早く、3月31日早々にHPで改正法の周知施行規則案等のUPを行っています。ここでは、同改正法施行に伴う企業の実務課題として、雇用保険適用漏れの非正規社員からの遡及適用請求の問題を取り上げます。

 今回の改正では、非正規雇用の雇い止めに対して、雇用保険から手厚い保障を行うことが大きな特徴です。またマスコミにおいても非正規雇用に対する雇用保険からの保障拡大が大きく報じられたことから、有期雇用の社員が雇用保険制度に抱く「期待」はこれまでになく高まっています。
 今までは従業員側が雇用保険料折半分の負担を厭い、いわば労使の暗黙の了解のうちに、「継続雇用の見込みがない」ことを理由に同手続き・保険料納付を行ってこなかったケースも多いと予想されますが、その場合も社会保険は強制加入であるため、従業員側が態度をいわば豹変させて、雇用保険加入を事後的に迫ったとしても、適用対象であれば、これに応じるほかありません。法令上も従業員が事後的に、職安に対して雇用保険の適用を確認する権利が付与されています(雇用保険法8条 確認の請求(※過去2年に遡ること可))。

 問題は適用要件である、「1年継続雇用見込み」(平成21年3月31日まで)、もしくは「6か月継続雇用見込み」(平成21年4月1日以降)の判断基準です。これについては、厚労省資料の中に大変分かりやすい資料が示されていました(こちら)。
 この資料をみて、頭を抱える人事担当者が多いのではないでしょうか。特に下から2つ目の例とその適用判断は、ハローワークの現場レベルでも混乱が見られるところがあり、十分に伝えられてこなかった判断部分のように思われます。例えばスーパーなどで勤務する週20時間以上のパート社員について、1年以上継続して勤務した場合は、更新以降に雇用保険を加入させるものの、初回契約時は「更新の有無が明らかではない」ことから未加入としてきた例が多いと思われます。これが先のペーパーによれば、「雇入れの目的、同種社員の雇用実績等から継続雇用が見込まれる」場合は、初回契約から雇用保険の適用対象になる旨、示されています。すでに初回契約から適用済みの企業は慌てる必要はありませんが、そうではない企業はこの点について、改めて実務対応策を検討する要があります。

 先日の審議会の席においても、厚労省事務局は再三再四、非正規雇用の雇用保険適用の適正促進と周知に努める旨、答弁していました。今後、同適用については、従業員からの確認あるいはハローワークの調査・指導等を契機に法的リスクが増大することが予想されます。この問題については、早めに社内点検の上、加入漏れへの対応、退職者からの請求に対する対応準備などを検討しておく要がありそうです。