2008年12月6日土曜日

改正労基法について思うこと

 昨日(2008.12.5)、改正労基法が成立しました。割増賃金率の引き上げ(月間60時間超に5割増)が大きな改正点であります。

 学部で労働法を学んでいた時から、割増賃金について、このような議論を聞いておりました。「日本の割増賃金率は諸外国に比べて低い(労働法規制の乏しいアメリカですら、5割増)。そのため、日本では長時間労働が蔓延しているのであり、割増賃金率の引き上げが不可避である」と。

 確かに労働経済学者の議論を借りるまでもなく、割増賃金率が低いとその分、時間外労働をさせるコストが安く済むのは間違いないでしょう。仕事量が仮に一時、多くなったとしても、代替要員を補充するよりも、採用コスト等と比較すれば、既存社員を残業させた方が低コストになると思います。理論上は・・・・。

 問題は割増賃金率を25%から50%に引き上げる(しかも月間60時間以上の時間外労働に)ことによって、既存社員の残業<代替要員補充にシフトチェンジするといえるのか否かです。

 そもそも先の議論自体が通用する労使関係は、それほど広くないようにも思えます。製造業工場の現場作業に従事する社員についての要員管理であれば、その種の議論がストレートに適用されるような気がしますが、ホワイトカラー事務員の職場をみれば、この議論は違和感を覚えるところではないでしょうか。

 極論をいえば、ホワイトカラー労働については、やってもらうべき仕事があれば、割増賃金率がどうであれ、同社員にやってもらわざるを得ないところがあり、割増賃金率が高い=代替要員へのシフトチェンジという流れで、労務管理が変容していくものか素朴に疑問を感じています。 また、そもそもホワイトカラー層の労働時間数把握について、問題が山積していることは周知のとおりです。

 とすれば、今回の法改正は、一体何のための改正なのでしょうか。改めて改正労基法が国会に提出された際の理由をみると、次のように述べられています。

「長時間にわたり労働する労働者の割合が高い水準で推移していること等に対応し、労働以外の生活のための時間を確保しながら働くことができるようにするため、一定の時間を超える時間外労働について割増賃金の率を引き上げる」(提出時法律案)。

 やはり長時間労働防止が目的とのことです。確かに「一定の時間」である月間60時間という残業時間数は、「過労死認定基準」と相まって、今後、人事労務管理上押さえておくべき数字として広がることは確実です。その意味で「宣伝効果」はあると思いますが、経済合理性の観点から、企業が残業に代わって、代替要員確保を行うインセンティブが高まるとは思えません(ホワイトカラー層。工場の現業部門であれば、その可能性はあるかもしれませんが)。

 本当に政府が長時間労働防止のために労働時間規制を行おうとするのであれば、濱口桂一郎先生が以前から紹介されているとおり、EU規制に見られる休息時間規制(仕事終了後、最低11時間の休息を与えた上でなければ、就労させてはならないということ)が最も効果的であるのは間違いないと思います。そもそも過労死認定基準の月間100時間、もしくは2か月~6か月平均で80時間以上の時間外労働という数字も、生活のため最低必要な時間+睡眠時間「6時間」を確保できるか否かという観点から、算出された数字とされています。とすれば、休息時間規制が最も過労死等の防止からも適切な措置といいうるのですが、この点についての議論は残念ながら、あまり進んでいないようです。

 いずれにせよ、改正労基法が成立しました。実務家としては、この法律の施行までに相応の準備を行っていく必要がある訳ですが、率直に言って、どうにも腑に落ちないところが多い法改正と思います。

 ところで労基署からの監督指導においても、平成22年4月以降は残業時間数が60時間なのか、60時間1秒であるのかを問われる(1秒は極論ですが、一応法律上はそうなります)ことになります。またまた関係者すべてにとって骨のおれる問題が生じることになりそうです。

 腑に落ちないところがあるにせよ、実務担当者としては、総額人件費管理、リスク管理そして労基署対応の面から、平成22年4月までに「極力、月間60時間を超える残業はしない、させない」を徹底する他ないと考えるところです。

 

0 件のコメント: