2010年7月26日月曜日

「ケータイを持たせて事業場外みなしが可能か」再論

 以前、濱口桂一郎先生の「EU労働法政策雑記帳」ブログで「ケータイを持たせて事業場外みなしが可能か」について、ご指導を頂いたことがありました(こちら)。この問題が阪急トラベルサポート事件(東京地判平成22年7月2日(判例集未掲載))において、まさに論じられておりましたので、ご紹介まで。

 同事件は先日の拙ブログ(こちら)において紹介したとおり、旅客添乗員の事業場外みなし適用を肯定した上で、裁判所が「必要時間数が11時間」であったと認定し、法定労働時間との差額分3時間(1日あたり)の残業手当請求を認容したものであり、過去の裁判例・行政解釈と比較しても大変に特異な判断を示したものであり注目していました。

 同判決ではまず事業場外みなし労働は「事業場外での労働は労働時間の算定が難しいから、できるだけ実際の労働時間に近い線で便宜的な算定を許容しようという趣旨」とした上で、労働時間適正把握義務、4・6通達をひもとき、次のように指摘します。

 「みなし労働時間制が適用される「労働時間を算定し難いとき」とは、労働時間把握基準が原則とする前記アおよびイ(※筆者注 上司の現認およびタイムカード等の客観的な記録による確認)の方法により労働時間を確認できない場合を指すと解される」。

 そのように判示した上で「自己申告制による労働時間を算定できる場合であっても「労働時間を算定し難いとき」に該当する場合があると解される」旨明言しています。その理由として「自己申告制・・を排除するとすれば・・事業場外労働であって、自己申告制により労働時間を算定できない場合は容易に想像できず、労基法が事業場外みなし労働時間制を許容した意味がほとんどなくなってしまうから」とするものです。また原告が事業場外みなし労働時間制は実労働時間算定原則の例外規定であり、限定解釈すべきと主張した点については「しかし、この制度が実労働時間算定原則の例外であるとしても、労働者は実際の労働時間に即した算定を主張することができるから、必ずしも厳格に限定解釈をするべきとはいえない。」
 
 従来の裁判例をみると、事業場外みなし制度は例外的な制度とし、限定解釈を行うことが通例でした。また自己申告によって労働時間数の把握が可能であれば、特段異論なく「労働時間を算定できる」と解し、事業場外みなし適用を否定してきたものであり、この点に本判決の大きな特徴があります。その上で原告に主張に答える形で本地裁は次のとおり答えます。

「また・・通信手段が相当発達しており、使用者は、労働者が今どこにいるかリアルタイムで把握することができ、思い立ったときには指示をし、報告を求めることができるから、事業場外みなし労働時間制は相当の僻地への出張など極めて限定された場合にのみ妥当すると主張する。」「しかし、電話やファクシミリなど必要な場合は連絡可能な設備が備え付けられている在宅勤務について、事業場外みなし労働時間制の適用があることを完全に否定することにもなりかねず、原告の主張は、採用できない。」
 その上で本判決ではあてはめにおいて、派遣先が貸与していた携帯電話が使用されていたか否かを検討し、いずれも本件においては「携帯電話により具体的な指示を受けたことはなかった」と評価しています。

 労基署どころか裁判所においても「ぶれ」が生じてしまった次第です。また本判決は濱口先生が指摘される「携帯電話の即応性」に答えるものではありません。もう少し理由付けを示していただきたかったところでありますが、本件は海外旅行の添乗員という性質上、日本国内から連絡がなされる可能性が低く、その点を考慮した事例判断と解する余地もあるやもしれません。

 いずれにしましても、同一会社のさほど事実関係が異ならない旅行添乗員(国外旅行の方が日程変更等の自由度が高いのは間違いないようですが・・)に対する事業場外みなし適用可否で判断が分かれておりますので、東京高裁にまとまった判断を示していただきたいところです。

 また同事件のニュースだけを見て、もう「事業場外みなし」の適用は法的リスクがないと思われた方もいらっしゃるやもしれませんが、仮に適用が肯定されたとしても、「必要時間数みなし」「賃金制度」の問題が残ります。本事件でも事業場外みなしの適用が肯定された一方、賃金制度の面で会社に厳しい判断が示されており、実質使用者側が一部敗訴しています。この問題については、事業場外みなしの適用可否のみならず、時間管理、賃金制度設計なども含めて対応策を検討していかなければならないことも、本判決が示唆するところです。


 

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