2012年8月3日金曜日

改正労働契約法の成立(有期雇用法制)

本日(8月3日)の参議院本会議で改正労働契約法が可決成立しました。同法案については、以前から拙ブログで継続して取り上げてきましたが、政府原案どおり成立したものです。

 現時点では施行期日は定まっていないようですが、来年4月1日が有力視されているとの事。施行時点において、無期転換制度はただちに適用事案が生じませんが、改正法の中ではさしあたり均衡処遇に係る規定、モデル労働条件通知書の変更などが実務対応上、留意すべき事項になりそうです。

 また無期転換制度を睨んで、今後は企業の有期雇用の活用に見直しが生じる可能性もありそうです。パート社保適用拡大、高年法改正などの改正動向と合わせて、今後の対応策を検討していく要があります。

拙ブログ関連記事
 無期転換制度をめぐる政府見解(こちら
 改正労働契約法案の衆院採決(こちら
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2012年8月1日水曜日

改正高年法の修正案に対する懸念(衆院厚労委員会採決)

本日(8月1日)、衆院厚生労働委員会で改正高年法案が修正の上、即日採決され、本会議に送付されました(道新ニュースはこちら)。

高年齢者雇用法案、成立へ 65歳まで希望者全員

衆院厚生労働委員会は1日、60歳で定年に達した社員のうち希望者全員の65歳までの雇用確保を企業に義務付ける高年齢者雇用安定法改正案を民主、自民、公明3党などの賛成多数で可決した。2日の衆院本会議で可決後に参院へ送付される。3党は大筋で賛成する意向を示しており、審議が順調に進めば今国会で成立する見通しだ。

 現行法は労使が合意して基準を決めれば、企業は継続雇用の対象者を選べるが、改正案ではこの規定を廃止する。男性の厚生年金の受給開始年齢が来年4月から段階的に65歳へ引き上げられるのに伴う措置で、基準によって離職した人が無収入に陥るのを防ぐ。


 気になるのが修正部分ですが、濱口先生のブログ(こちら)に早速、衆院のリンク(こちら)が貼られており助かりました。なお本修正は提出法案(こちら)の一部を見直したものになります。

同修正案ですが、高年齢者雇用確保措置を定める高年法9条に次の3項・4項を追加修正する点が注目されます。

3 厚生労働大臣は、第一項の事業主が講ずべき高年齢者雇用確保措置の実施及び運用(心身の故障のため業務の遂行に堪えない者等の継続雇用制度における取扱いを含む。)に関する指針(次項において「指針」という。)を定めるものとする。

4 第六条第三項及び第四項の規定は、指針の策定及び変更について準用する。


厚労省が「心身の故障のため業務の遂行に堪えない者等の取扱い」を指針で定めることを法律上明記するものですが、これは本来、「普通解雇」など企業の人事権行使に直接関わる事項です。従前も裁判所が権利濫用法理によって、企業の人事権行使に対し一定のチェックが行ってきましたが、同条項によって、厚労省(職安局・ハローワーク)が人事権行使にまで踏み込んでチェックを行う基盤が作られることを意味します。

もちろん修正案4項のとおり、同指針は労働政策審議会の意見等を聴いた上で策定することが義務付けられるものですが、同条項を契機に、行政が企業の人事権行使に対し過度な規制を行うことにならないか懸念を覚えるところです。とりわけ当該基準が策定された場合、60歳段階はもちろん、50代以降の社員に対する人事権行使を事実上拘束しかねない点も注意を要すると考えます。杞憂やもしれませんが、雑感として。

2012年7月26日木曜日

無期転換制度をめぐる政府見解(衆院厚労委員会質疑)

昨日(7月25日)、改正労働契約法案が衆院厚生労働委員会で可決されましたが、同委員会における無期転換制度に係る質疑のうち、注目すべき政府見解を備忘録的に控えておきます。委員会質疑をメモしたものを自分なりに整理したものにすぎませんので、正確な議事内容については、近日中にUPされる衆院HPをご確認ください。
→以下は筆者のコメントです。

1 モデル労働条件通知書について

Q 無期転換制度に係る周知をどうするか
A(政府)パンフレットおよび「モデル労働条件通知書」による周知を検討

→モデル労働条件通知書が法施行前に示される予定 その中に無期転換に係る記述あり。内容は不明。

2 無期転換権の事前放棄について

Q 無期転換の権利発生前、使用者が労働者に当該権利を事前放棄させることは許されるか?

A 使用者側が権利発生前に一方的に事前放棄させることは法の趣旨を没却させるもので、公序良俗に反し無効になる可能性。

→放棄に係る同意が明確に認定される場合も同様か不明。

3 偽装請負等と無期転換について

Q 実態は変わらないが、偽装請負、派遣などに形式上偽装し、無期転換制度を免れようとする動きが想定されるが、このような対応は許されるのか?

A 法の趣旨目的を損なうものであり許されず。同ケースについては、偽装期間も含めて「同一の事業主」とし通算規定のカウントを行い、無期転換制度の対象となる。

→法人格の形骸・濫用にあたるケースに限定されるものとすれば異論はないが、派遣元・請負会社が権利主体として認められる場合、上記解釈を取ることは法文上無理がある(上記見解はあくまで法人格の形骸・濫用にあたるケースを指したものと捉えるべきか?)。

4 無期転換の権利発生時期について

Q 無期転換の権利は有期契約を5年超更新した場合に生じ、当該権利行使を当該有期契約の期間満了時までとしている。ある労働者が5年超の段階では当該権利を行使しなかったが、次期契約更新がなされた後(6年超)、無期転換の権利を行使することは可能か?

A 無期転換の権利は、有期契約が5年超となると更新の都度、発生する。5年超段階で行使しない場合も、次期更新(6年超)があれば、また更新時に新たな無期転換の権利が発生する。

→ この点は疑義がありましたので、同質疑によって政府見解は明らかになったものです。法文の作りからも同見解は首肯できるように思われます。

2012年7月25日水曜日

改正労働契約法案の衆院委員会採決

本日(平成24年7月25日)の衆院厚生労働委員会において、改正労働契約法案が可決されました。次本会議において衆院通過し、参議院に送付される予定です。

改正労働契約法案には、5年超の無期転換制度、雇い止め法理の明文化、均衡処遇規定などが盛り込まれています。

同法案ですが、実務対応上も様々な問題を抱えているように思われます。

例えば5年超の無期転換制度については、例外事由が何ら設けられておりません。この点については、少なくとも60歳以上の高齢社員、登録型派遣社員など他の労働関連法令との整合性からみて適用除外とする余地があるようにも思われますが、何ら当該配慮がなされていません。

衆院厚生労働委員会における実質審議は短く、改正労働契約法に伴う法的問題を十分に検討したものとは思われません。参議院において十分に審議され、必要に応じて法案修正などがなされることが望まれます(望み薄ですが・・・)。

なお本日、改正高年法が衆院厚生労働委員会において審議入りしました。

2012年7月14日土曜日

【労働判例】大阪労働局長事件(労災処理経過簿の情報公開請求)

第16回國学専修大労働判例研究会において、大阪労働局長事件(大阪地判平成23.11.10 労経速2131-3)を報告させていただきました。

 事案としては、原告が大阪労働局長に対し、情報公開法に基づき、大阪労働局管内における脳心臓疾患等に係る労災補償申請・決定処分の処理状況を記した処理経過簿のうち、「事業場名」記載部分を開示するよう求めたところ、不開示決定処分がなされた点が争われたものです(行政取消訴訟)。
 この処理経過簿は、いわゆる「過労死事案」に係る労災事案について、労働局が各労基署の事務処理の進捗状況を把握し、連携を図るべく、局監察官が作成していたものであり、事業場名のほか、認定要件、評価期間、平均時間外労働時間数なども一覧表に記載されています。

 処分庁は不開示理由として、当該事業場名を明らかにすれば、他の情報と照合して、「被災労働者名」など個人情報が識別される恐れがあること等を挙げていました。

 これに対し大阪地裁判決は、原告の請求を認容し、事業場名の不開示決定処分の取消を認めました。同訴訟において、処分庁側は先の理由のほか、当該情報は「法人等の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある」、さらに「行政事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある」などの主張を行いましたが、いずれも判決では斥けられています。

 同判決の中で注目されるのが、法人等情報に係る判示部分です。判決でも脳心臓疾患等による労災事案を発生させた事業場名が開示されることは、当該労災が長時間の勤務がその一因と思われるものが少なくないことからすると、「そのこと自体から当該事業場について一定の社会的評価の低下が生じる可能性は否定できない」と一定の理解を示します。しかしながら、他方で労災補償制度は「その支給決定に当たって使用者に労働基準法等の法令違反があったか否かを問題とするものではない」ことからすると、この社会的な評価の低下は「多分に推測を含んだ不確かなものにすぎ」ず、法人の正当な利益を害するおそれを認めるに足りる的確な証拠はないと結論づけたものです。

 研究会では、同判断の規範的評価とそのあてはめについて、議論がなされました。過去の先例として、36協定の情報公開が争われた大阪地判平成17.3.17がありますが、概ね同様の判断を示しているといえます。しかしながら、企業側からみると、当該開示による様々な実際上の「法人等の利益を害するおそれ」も指摘しうるところであり、報告者として当該判断を首肯すべきか、なお検討の余地があるようにも思いました。

 処分庁側は同地裁判決を不服とし、控訴しており、控訴審判決が待たれるところです。

2012年7月12日木曜日

胆管がん問題と国の規制(1,2-ジクロロプロパン)

 昨日のブログでは主に「ジクロロメタン」に対する法規制(MSDS等)を取り上げましたが、今回の胆管がん問題で悩ましいのが1,2-ジクロロプロパンです(MSDSの一例としてこちら)。同シートのとおり、ジクロロメタン(有機則等の適用)に比べて、同物質自体に対する法規制は手薄です。

 厚労省も同化学物質の危険性を軽視していた訳ではなく、がん原性検査(検討過程はこちら)の上で、平成23年10月に「1,2-ジクロロプロパンによる健康障害を防止するための指針」(見やすいものとして、さしあたりこちら)が策定されたところでした。

 今後、専門家調査によって「1-2-ジクロロプロパンと胆管がんとの間の因果関係」が明確に認められた場合、国側の規制不備・遅れに対し、行政権限不行使に係る国家賠償責任が問われる可能性はありそうです。とはいえ、前述のとおり国側もがん原性検査の上、一定の規制を指針レベルで行っていた経緯もあり、全くの不作為ともいえません。同問題が争われた場合、当時の科学技術の水準に照らして、当該行政規制が「遅れた」「不備」であったといえるのか否かが法的に問われることになろうかと思います。

2012年7月11日水曜日

胆管がんと化学物質の危険有害性の表示等

厚労省が印刷会社における胆管がんに関する一斉点検結果を発表しています(こちら)。

現時点で肝胆がんの起因物の可能性があるとされているのが、ジクロロメタンと1,2-ジクロロプロパンです。ジクロロメタンはすでに有機溶剤予防規則において、事業主に対し厳しい法規制が定められていますが、朝日新聞記事(こちら)を見る限り、中には法軽視もはなはだしい事業場があるようです。

印刷所8割、規則違反 局所排気、責任者知らず
 8割近い印刷事業所でルール違反――。厚労省の調査で、働く人の健康を守るための「有機溶剤中毒予防規則」(有機則)に違反した事業所が広がっている実態が浮かび上がった。

 「局所排気? 聞いたことがない。換気扇で足りると思う」。大阪府内の校正印刷会社に20年勤める現場責任者は話した。有機則は、有機溶剤を吸い込んで屋外へ排出する「局所排気装置」の設置を義務づけているが、この現場責任者は知らなかったという。

 問題発覚まで同社は、胆管がん発症との因果関係が疑われている有機溶剤のジクロロメタン80%の洗浄剤を使用。局所排気などの設置が必要だが、「五つある換気扇で十分」と考えていたという。

 同じように義務づけられた空気濃度の測定もしたことがなかった。有機溶剤を取り扱う労働者には半年ごとに特別な健康診断を行う必要があるが、一般的な健診を「各自で任意でやっている」という。

 校正印刷に携わる別の府内の印刷会社も「今回の問題が発覚して初めて規則を知った」。労働基準監督署の調査を受けたこともなく、規則に関する講習を受けたこともないという。

 日本印刷産業連合会(東京)は1980年代から90年代にかけて、手引書「印刷と有機溶剤」を作り、業界内で啓発してきた(略)。


 しかし、業界に浸透しなかった。連合会の担当者は「業界の末端まで伝わらなかった面がある。印刷業界は零細企業が多く、健康が後回しになっていたのかもしれない」(以下略)。


 この記事だけを見ると、中小零細印刷業者が「ジクロロメタン」等の危険性を認知していなかったとしても、労基署の指導や連合会の周知啓発活動が足りなかったためであり、致し方ないようにも読めますが、果たしてそうでしょうか。以下法規制内容が極めて重要です。

 平成4年7月1日から施行されている「化学物質等の危険有害性等の表示に関する指針」(安衛法57条の2)において、すでに「ジクロロメタン」を提供した業者等が、ユーザー企業に対して「化学物質等安全データシート」(MSDS)を交付することが義務付けられています。

 ジクロロメタンに関するMSDS(こちら)をみると、p8以下に有機則を含めた法規制内容が記載されていますし、人体への影響も明記されています。またMSDSは事業場に掲示することも合わせて求められます。今回、問題となった印刷会社に対しても、購入時に当該文書が交付されている可能性が高く、MSDSが交付されている限り、当該事業主の「法の不知」「危険性の不知」は認められないものと考えます。